約1250年前の奈良時代、海上に温泉が湧き、海水が熱い湯になったことから「あつうみが崎」と呼ばれるようになり「熱海」と名づけられた。
江戸時代には、徳川幕府初代将軍徳川家康は子供を連れて逗留したことから始まり、その後歴代将軍も熱海を好み、海岸から約300m、海抜22mにある大湯の温泉を檜の湯樽に汲んで江戸城まで運ぶ「御汲湯」が行われ、「熱海よいとこ日の丸たてて御本丸へとお湯がいく」と道中で唄われた。熱海を幕府の直轄領としたことで土地の治安・風紀が守られ、各地の大名、明治以降も時の要人、軍人、文化人などが頻繁に熱海を訪れ、しばしば歴史的会談なども行われるようになった。



